第4回:麻布/神楽坂 DIE PRATZEさん

突然では有りますが、麻布DIE PRATZEさんの見取り図です。
文章内の写真と位置の相関関係を把握するのに載せてみました。
クリックすると拡大画像がみられます。ただし「重い」です。

 

 

 

そしてインタビューはまだまだ続く…。

 

〜劇場付さんの思い〜

 

聞き手:

−田上さんが劇場付きとして接してらして、楽しい・嬉しかった瞬間っていうのはどんなところですか?

 

 

田上さん:

  うちの空間が好きだといわれると嬉しいですね。それぞれ皆理想の空間がある中で、うちを使ってくれているということですから、気にってもらっていると思うと嬉しく思います。
 後、企画とかやってると出会いとかあって。それも楽しいですね。

 

 

聞き手:

−では反対に大変だった事をお聞かせ下さい。

 

 

田上さん:

  えー、大変なところは結構いつでもあって。(笑)
 例えば今だと、企画を何かしたいと思った時にお金がなくて、スタッフがタダ働きしなくちゃいけないとか…。うちは主流じゃない所も、持ち上げてあげたい気持ちも有るんだけれど、そういう所はお金が無かったりして・・・。

 あと、貸し小屋って言うところで言えば、貸す側と借りる側もそれぞれ色々あると思うけど、借りる側は「何があったら良い」、「これもあったら良い」っていう希望はあるけど、
色々そこでも問題があって…。ウチもそうしてあげたいけれど…。そう言うところの理解が得られなかったり。

 

 


楽屋です。位置としては客席裏の2階部分にあたります。
椅子は8個ぐらい並んで居たかな。鏡付き・姿見まであります。

楽屋から舞台までは、客席裏からと、舞台奥からも出られます。演出家さんには嬉しいんじゃないでしょうか。
 

聞き手:

−うーん、やはりそこは大変そうですね。
 田上さんが今、小劇場で気になっている劇場さんとかございますか?

 

 

田上さん:

  企画とかいろいろ頑張っている所はSTスポットさん。企画とかも面白いと思うし。
あとは頑張ってるなっていうか、MOMOさんとかすごいなと思ってる。すごいなっていうか、きちっとやっている感じがしますね。

 うちはマイナーな小劇場だけど(笑)。

 

 


1.舞台奥の下手部分ギャラ(のような感じ)にあるスペース。楽屋から繋がっています。奥に見えるはしごから下(舞台面)に行けます。

 


2.これがそのハシゴ。

 


3.「1.」のスペースの奥(はしごがある当たり)を右手に曲がると、楽屋とは別の役者たまり場があります。ここは舞台奥の上部分。
結構ゆったりです。奥の階段からも舞台へ行けます。

 

聞き手:

−ええっ、そんなことないですよ。ディプラッツさんの事知らない小劇場関係者はいないでしょう。じゃあ、メジャーな小劇場っていうのは?

 

 

田上さん:

  それはやっぱりアゴラさんとか、MOMOさんとか。メジャー路線でしょ。(笑)

 

 

聞き手:

−(笑)うーん、そういう見方もできますねぇ。
 この麻布ディプラッツさんをどう言う風に使って欲しいとかいう気持ちはございますか?

 

 

田上さん:

 限定はしたくないんですけど。結構自由に使える劇場だとは思うんで、「こういう風にしたいな」と言ってくれれば、それなりの相談には乗りたいと思います。

 バースペースもあるので、ヨーロッパの劇場みたいにお酒とか飲みながらっていうのも良いと思うし、いろいろ面白い使い方をして欲しいです。使ってください。

 


搬入口です。昇降エレベータになっています。
驚きはその広さ。
以前ここは自動車工場だった事もあり、車1台分のスペースは余裕で有ります。
 

聞き手:

−今日は本当にお時間を頂きまして、ありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。

 

     

 

そして今回のインタビューはここで終わりではありません。
このインタビューの後、「他に真壁さん(劇場主)にお聞きしたいことがあればメールでお答えします」との有りがたいお申し出を頂きました。
そこで私は不躾ながら質問を何点か書いたメールを送らせていただき、真壁さんにお答え頂きました。

 

 

以下、質問の内容とそのお答えをほぼ全文・そのまま掲載します。
田端〜神楽坂〜麻布とその場所を変え、それでも劇場を続けてきた真壁さんのお言葉、どうぞお読み下さい。

〜メールによる質問と、劇場主:真壁さんのご回答〜

 

質問1:

最初は田端に作られたとお聞きしましたが、その動機と、劇場開設までの経緯をよろしければお聞かせ下さい。

 

 

真壁さん:

 A・僕はOM−2と言う劇団を持っているのですが、当時その内容が過激だということでどこも劇場を貸してくれなかったんです。「それなら自分たちで劇場を作ってしまおう」ということになって・・それが劇場を始めるきっかけでした。そして照明家の木下泰男氏と一緒になって、天井高のあるところをということで、田端にあった倉庫を改造して造ることになったのです。

 

 

質問2:

−田端から神楽坂にお移りになるまでの経緯もよろしければ併せてお聞かせ下さいませ。

 

  真壁さん:

 A.単純に大家さんから立ち退きを迫られて引っ越さなければならなくなったんです。

 

 

質問3:

−劇場経営・運営に当たって辛かった事があればお聞かせ下さい。

 

  真壁さん:

 A.そうですね。いろいろありますが、お金などの苦労はいつものことですが(劇場助成がないことは遺憾)、ウチは物凄く良心的に料金設定をしているつもりなのですが、ある劇団に「どうせぼろ儲けしているくせに・・」とか言われたことは辛かったですね。ウチの場合、金儲けで劇場をやっているつもりはなかったから、逆に安くしててもそんなふうにしか思われていないんだなーと思ったらなんか嫌になりましたね。また、劇場費などを払ってくれない劇団もあったりして、それも頭にきますね。演劇をやるって劇団ばかりではなく劇場側と観客も参加して成り立つわけでしょう。そしてそこはある信頼関係で繋がっているのが小劇場だと思うのだけれど、それが一方的に切られるのは辛いですね。また、そのための裁判とかもひどく面倒ですし・・。

 

 

質問4:

−なぜ劇場運営を20年近くもお続けになられているのでしょうか?その理由をお聞かせ下さい。

 

  真壁さん:

 A.勿論先にも言った通り自分たちの公演ができる場所が欲しいということもありますが、劇場が発信できうるものが、まだあるのではないかと思っているからでしょうね。そしてよりいい劇に出会いたいということかな。そのために本当、劇場助成なんかを実現させたいですネ。そうすればただ単に貸し劇場としてではなくて、その劇場独自の活動が出来るようになるし、よりいいものをやれるようになるからです。

 

 

質問5:

−昔と今と小劇場界を見つめていらして劇団の様子や劇場の様相・あるいは小劇場界の雰囲気、違う点などあればお聞かせ下さい。

 

  真壁さん:

 A.小劇場は実験の場だと思っています。それが実験ではなくただ単に大劇場の縮小版みたくなっているのは気になります。そして売れる売れないが重要で、売れなきゃ意味がないみたくなってるのもどうかと思います。小劇場なんだからそんなところばかりに気を捕われないで、もっと自由な発想で創ってもいいのになあと思っています。また、その方が楽しいと思うんですけどね。

 

     

 

麻布/神楽坂DIE PRATZE、真壁さん・田上さんのインタビューでした。
画像は麻布の方だけになっております。

ちょっともりだくさんと言う感じも致しますが、田上さんのお話も真壁さんとのメールでのやりとりからも演劇にとらわれない「舞台」と言うものに対する熱を感じました。

たくさんの企画を立て、フリーペーパーを発行しながら、場所を追い出されても、それでも尚、「続けていく」事。その「続けていく」ということの大事さを思わずには居られませんでした。

麻布/神楽坂DIE PRATZE 共通HP
http://www.ask.ne.jp/~pratze/

共通メールアドレス
pratze@ask.ne.jp

麻布 DIE PRATZE:
港区東麻布1-26-6-2F
TEL/FAX:03-5545-1385
↓(水を除く18:00〜23:00)↓

神楽坂 DIE PRATZE:
新宿区西五軒町2‐12
TEL:03-3235-7990
↓(火を除く13:30〜18:30)↓